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最高裁判所第一小法廷 昭和54年(オ)1309号 判決

上告人

右代表者法務大臣

秦野章

右指定代理人

篠原一幸

外七名

被上告人

岩﨑真智子

右法定代理人親権者

岩﨑登

岩﨑カズ子

右訴訟代理人

松重君子

岸本洋子

美浦康重

主文

原判決中上告人敗訴の部分を破棄する。

右部分につき本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

上告指定代理人蓑田速夫、同鎌田泰輝、同筧康生、同牧野巌、同岡崎真喜次、同木下俊一、同伊藤皇、同大野繁、同山口圭二、同則岡貞男の上告理由について

一1  原審が確定した事実関係は、(一) 被上告人(昭和四三年一月二〇日生)は、昭和四八年一〇月二八日叔母の新門絹江からラケット二本とシャトルコック一個からなる一組のバドミントンセット(以下「本件バドミントンセット」という。)の贈与を受け、同年一二月一五日夕方自宅付近の公園で兄の岩﨑弘志(昭和四一年一月二日生)と本件バドミントンセットを使用してバドミントン遊戯をしていたところ、弘志がシャトルコックを打とうとしてラケット(以下「本件ラケット」という。)を上から振り下ろした際、本件ラケットのグリップから鉄パイプ製のシャフトが抜けて飛び、遊戯相手の被上告人の左目に当つたため、被上告人は左眼眼窩部打撲傷等の傷害を受けた(以下「本件事故」という。)、(二) 本件バドミントンセットは、ポリエチレン製の袋で包装され、ラケットは、頭部(ガット枠)とガットとが一体成型されたポリエチレン、シャフトがクローム鍍金の鉄パイプ、グリップがプラスチック(ポリエチレン)であり、シャトルコックはゴムキャップをかぶせた台と羽根とが一体成型されたプラスチックであるが、ラケットの頭部付け根部分に「MADE IN HONG KONG」との表示があるのみで、包装袋やシャトルコックに特別の表示はない、(三) 本件ラケットは、全長約五〇センチメートル、ガットを含む頭部とシャフトの重さは三二グラムで、鉄パイプのシャフトはグリップに約二センチメートル差し込まれ、グリップのプラスチックの応力(弾力)のみによつて保持されているもので、接着剤、止め金等の補強具で固定されていなかった、(四) 本件バドミントンセットは、ホンコン製で、カートンボックスに入つた状態で、昭和四六年一二月一八日神戸港で陸揚げされ、保税倉庫で保管されていたが、輸入業者が不明であつたため、神戸税関長によつて昭和四七年六月一三日関税法(以下「法」という。)七九条一項一号の規定により玩具として収容処分に付され、同年一一月ころ同税関職員によつて性状、数量等の検査が行われたうえで、同月二七日法八四条一項の規定により公売に付された、なお、神戸税関においては収容貨物で公売に付すべきものについては、原則として、輸入部特殊鑑定部門の特殊担当官が入札予定価格、税番、税率を決定する目的で貨物の一部を抽出する等してその形状、性質等を検査し、収容部の担当官が数量検査し、その際に貨物が廃棄すべきものであるかを決定するのが例であつた、(五) 雑貨類販売業を営む津田敏次は、公売に付された本件バドミントンセットを買い受け、同年一二月二日これを第一審被告株式会社サトーブラザースに売り渡し、同社が昭和四八年一〇月二八日チャリティ・バザーに出品したところ、新門絹江が本件バドミントンセットを買い受け、同日被上告人に贈与した、(六) 本件事故の直後において、シャフトが抜け飛んだ本件ラケットはグリップの付け根にひび割れが生じ、これが縁まで達しており、また、被上告人が本件事故当時使用していた本件バドミントンセットの他のラケットのグリップにも約1.3センチメートルの長さのひび割れが生じていて、グリップのシャフト保持力は、引張り試験では、本件ラケットが約二キログラム、右他のラケットが約五キログラムないし六キログラムであり、四、五歳の幼児が本件ラケットを上から下へ力一杯振り下すと、その時に生ずる遠心力は、四、五キログラムであつて、シャフトが抜け飛ぶ可能性が相当大きいものであつた、(七) ポリエチレンは、一般に、熱、紫外線によつて酸化し易く、また応力によつても酸化が促進され、その結果不可逆的に劣化する性質を有するものであるが、本件ラケットは、ポリエチレン樹脂のグリップにクロム鍍金の鉄パイプのシャフトを強く差し込んだものであるから、右鍍金のためシャフトが抜け易いだけでなく、その構造自体によつて劣化が促進され、劣化の進行に比例してグリップのシャフトの保持力が低下していくことが客観的に予想されるのであつた、というものであり、以上の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして是認することができる。

2  原審は、右認定の事実によると、(一) 本件バドミントンセットは、四、五歳の幼児が使用して遊ぶ玩具であるが、本件ラケットは、四、五歳の幼児が使用した場合においても、グリップからシャフトが抜け飛ぶ可能性が相当大きいものであるから、構造上の欠陥のある玩具であり、本件事故は右欠陥によつて生じたものというべきである、(二) 神戸税関長は、前記1(四)の検査によつて本件ラケットの構造等を知り、本件ラケットの使用による本件事故のような事故の発生を予見しえたと認めるのが相当である、(三) 日本国における玩具の製造者は、その設計・製造に当つては、販売業者を経て消費者にまで流通して使用される間に通常予想しうる態様のもとにおいて、玩具の重量、材質、構造、性能自体の危険性又はそれらの欠陥による玩具の破損等によつて、使用者等の生命、身体、財産を侵害することのないようにその安全を配慮すべき注意義務(以下「玩具の製造・販売についての注意義務」という。)があり、外国において設計・製造された玩具を輸入し日本国内で販売する者も右と同一の注意義務を負うべきものである、(四) 神戸税関長と津田敏次の本件バドミントンセットについての契約は、私法上の売買にほかならないものであつて、神戸税関長は、右売買によつてホンコン製である本件バドミントンセットの日本国内における流通を開始せしめたもので、外国の製品が通常の輸入手続を経て国内で流通する場合の輸入業者に準ずる地位を併有しているから、玩具についての製造・販売について注意義務を負うものというべきである、(五) 右(二)のとおり、神戸税関長は、本件ラケットが使用された場合、本件事故のような事故の発生することを予見しえたのであるから、自らグリップとシャフトの接合部分に止め金等で補強したうえで公売に付するか、かかる補強をしないのであれば公売に付するのを差し控えるべき注意義務があつたというべきところ、同税関長は、これを懈怠し、津田敏次に本件バドミントンセットを売り渡した過失があると判断し、上告人は、国家賠償法一条一項の規定に基づき被上告人が本件事故によつて被つた損害を賠償すべき義務があるとし、上告人に対し、被上告人の損害合計七六万五三九〇円及び内金六一万五三九〇円について昭和四九年一一月一九日から完済まで年五分の遅延損害金の支払を命じている。

二税関長が、法七九条の規定により収容した貨物で、法七〇条所定の他の法令の規定により輸入に関して必要な許可、承認又は検査の完了等を必要としないものにつき、法八四条五項の規定による廃棄ができないため、同条一項の規定により公売に付した場合に、その買受人等を経由して当該貨物を取得した最終消費者においてこれを使用したところ、その貨物に存した瑕疵により右最終消費者又はその他の者の生命、身体又は財産に損害が生じたとき(以下「最終消費者等の損害」という。)、被害者が、右貨物を公売に付したことにつき税関長に過失があるとして、国に対しその損害の賠償を請求することができるためには、(一) 右税関長が、法八四条五項の規定により、当該貨物につき廃棄可能なものであるかどうか等を検査する過程で、その貨物に構造上の欠陥等の瑕疵のあることを現に知つたか、又は税関長の通常有すべき知識経験に照らすと容易にこれを知ることができたと認められる場合であつて、右貨物を公売に付するときには、これが最終消費者によつて、右瑕疵の存するままの状態で取得される可能性があり、しかも合理的期間内において通常の用法に従つて使用されても、右瑕疵により最終消費者等の損害の発生することを予見し、又は予見すべきであつたと認められ、(二) さらにまた、税関長において、最終消費者等の損害の発生を未然に防止しうる措置をとることができ、かつ、そうすべき義務があつたにもかかわらず、これを懈怠したと認められることが必要であると解すべきである。けだし、(一) 税関長は、多種多様であり、かつ、大量に及ぶ収容貨物のそれぞれにつき、その各製造業者又は輸入業者が有し、又は有すべき当該貨物についての構造、材質、性能等に関する専門的知識を有するわけではなく、また、かかる知識を有することが要求されていると認めるべき法律上の根拠はないから、税関長を当該貨物の製造業者又は輸入業者と同視し、税関長が、右のような専門的知識を有することを前提として、当該貨物につき法八四条五項に該当するか等の検査をする過程において、その貨物に構造上の欠陥等の瑕疵のあることを知るべきであるとすることはできないものというべきであり、したがつて、税関長が、右検査の過程において、当該貨物に構造上の欠陥等の瑕疵のあることを現に知り、又は税関長の通常有すべき知識経験に照らすと容易にこれを知りえたと認められる場合にのみ、注意義務違反の責任を問う余地があるものと解するのが相当であり、また、(二) 税関長は、前示のように最終消費者等の損害の発生を予見し、又は予見すべき場合であつても、当該貨物が法八四条五項の規定により廃棄しうるものに該当しないときには、保税地域の利用についてその障害を除き、又は関税の徴収を確保するため(法七九条一項本文)、右貨物を、原則として、まず公売に付すべきであつて(法八四条一項、三項)、これを差し控える余地はないのであり、そのうえ、税関長は、当該貨物の所有権を有するわけではなく、他に右貨物に存する構造上の欠陥等の瑕疵を補修するについての権限又は義務を有していると認めるべき法律上の根拠はなく、したがつて、税関長において右瑕疵を補修すべきであるということもできないのであつて、税関長としては、公売に付した貨物の買受人との売買契約において、買受人に右瑕疵を補修すべき義務を負わせ、その履行の確保を図ること等をしうるのみであり、税関長がかかる措置を講じたときには、当該事故につき結果回避義務を尽くしたものと解するのが相当だからである。

叙上の観点に立つて本件をみるとき、原審が確定した前記一1の事実関係から、たやすく、神戸税関長が本件ラケットの構造等を知り、本件ラケットの使用による本件事故のような事故の発生を予見しえたとした原審の前記一2(二)の判断には、審理不尽、理由不備の違法があるものというべく、また、同(四)及び(五)の判断も法の解釈適用を誤つた違法なものというべきであり、これらの違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、右の違法をいう論旨は理由があり、原判決中上告人敗訴の部分は破棄を免れない。そして、本件については、前記の観点に立つてさらに審理を尽くさせる必要があるから、本件を原審に差し戻すこととする。

よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(谷口正孝 団藤重光 中村治朗 和田誠一)

上告指定代理人蓑田速夫、同鎌田泰輝、同筧康生、同牧野巌、同岡崎真喜次、同木下俊一、同伊藤皇、同大野繁、同山口圭二、同則岡貞男の理由

第一点 原判決には、神戸税関長の行つた本件公売処分につき安全配慮義務の過怠があると判断した点において、関税法の解釈適用を誤つた違法があり、この法令違背は、判決に影響を及ぼすことが明らかである。

一 原判決は、上告人に対し、関税法八四条一項の規定に基づき神戸税関長が公売処分を行うにつき、職務上の注意義務としての安全配慮義務の違背が存するとして、国家賠償法一条一項の責任を肯定した。原判決は、税関長が公売処分をする際の注意義務について、「関税法八四条一項に定める公売は、税関長が収容した外国貨物をその所有者の意思とは関わりなく強制的に、かつ、買受希望者らの自由競争の方法で、売却価額と買受人となるべき者(落札者)を決定する行政処分ではあるが、税関長が公売で決定された売却価額で買受人となるべき者との間で行なう「契約」(関税法施行令七六条の二等参照)は私法上の売買契約にほかならない。」(原判決一七丁裏一行目から七行目)とした上、「一般に日本国内において玩具を製造する者は、玩具が未だ充分な判断能力がなく、自己防禦能力に欠ける幼年者によつて使用されるものであること等にかんがみ、玩具の設計・製造に当り、これが販売業者を経て消費者にまで流通して使用される間に通常予想しうる態様の下において、玩具の重量、材質、性状、構造、性能自体の危険性又はそれらの欠陥による玩具の破損、破壊等によつて使用者等の生命、身体、財産を侵害することのないようその安全を配慮すべき注意義務があるというべきところ、外国において設計・製造された玩具を輸入し日本国内で販売する者は、日本国内における玩具の流通の開始者という点で国内の製造者と同じ立場にあるとみるべきものであるから、国内で玩具を販売するに当つては、製造者が設計・製造に当り負担するのと同様の前記安全配慮義務を負つているというべきである。」(同一七丁裏一一行目から一八丁表末行)「本件バドミントンセットを公売に付し、津田敏次に売渡した神戸税関長は、ホンコン製である本件バドミントンセットの日本国内での流通を開始せしめたもので、外国の製品が通常の輸入手続を経て国内で流通する場合の輸入業者に準ずる地位をも併有していると認めるべく、したがつて同税関長は本件バドミントンセットを公売に付し落札者と売買契約を結ぶに当つては、本件バドミントンセットが最終消費者にまで流通し、通常予想される態様の下で使用される間にその材質、重量、性状、構造自体の危険性又はそれらの欠陥によるラケットの破損、破壊等によつて使用者等の生命、身体、財産を侵害しないようにその安全を配慮すべき注意義務があつたというべきである。」(同一八丁裏一行目から一九丁表一行目)と判示している。

ところで、原判決は、右のように神戸税関長の安全配慮の注意義務を肯定するについて、税関長の公売処分が私法上の売買契約の性質を有すること、また、税関長が公売の対象となつた貨物につき、輸入業者に準ずる地位を有し、製造者と同一の安全配慮義務を負担することを前提としている。

しかし、税関長は、公売処分に当たつて、私法上の売買契約の売主と同一の地位に立つものではなく、また、輸入業者と同一の地位に立つものでもない。したがつて、神戸税関長が右判示のような注意義務を負うとする原判決の判断は誤りであるといわなければならない。その理由を項を改めて述べる。

二 税関長は、貨物の収容、公売処分により、私法上の売主と同一の地位に立つものではなく、また、貨物の買受人に対する安全配慮義務を負うものではない。

1 関税法は、「収容された貨物が最初に収容された日から四月を経過してなお収容されているときは、税関長は、政令で定めるところにより、公告した後当該貨物を公売に付することができる。」と規定している(八四条一項)。本件公売処分は、同条に基づいて行われたものである。

税関長が行う外国貨物の収容、公売処分の趣旨、手続、効果について関税法の定めるところは次のとおりである。

まず、関税法は、輸出の許可を受けた貨物及び外国から本邦に到着した貨物(外国の船舶により公海で採捕された水産物を含む。)で輸入が許可される前のもの(以下「外国貨物」という。関税法二条一項三号)について、輸出までの間、又は輸入許可未済の間、これを置き又は加工、製造等をすることができる場所として保税地域を定めている(同法二九条ないし六二条の七)。この保税地域には、専ら輸出入手続その他の貨物の輸出入に伴う税関手続を行う便宜のため、貨物を一時税関の監督下に置く必要に基づいて設置される消極的保税地域と、貨物に対する輸入手続の履行の猶予の便宜を与えることにより、商工経営上の障害を排除し又は利便を与え、もつて貿易の振興に資するという経済上の積極的目的から、外国貨物を置き、又は加工、製造することができる場所として許可された積極的保税地域とがある。しかし、いずれの場合においても、保税地域は、外国貨物の終局的に落ち着くべき所ではなく、外国貨物が輸入、輸出、運送又は積みもどしによつてそれぞれ目的の場所に移動する前提としてしばらくこれを蔵置する場所であるから、一時的又は定められた期間内における利用が認められるにすぎないものであり、法が予定した期間を超えて貨物が保税地域に置かれる場合には、保税地域における外国貨物の滞貨を来してその利用の障害となり、又は関税の徴収が確保されないことになる。そのために、関税法は、保税地域に外国貨物を置くことができる期間について制限を設け(同法三七条、四二条、五一条、五七条等)、これらの期間内において保税地域内にある外国貨物について輸入、輸出、積みもどし等の措置を講ずることを期待している。しかし、これらの期間を経過してもなお搬出されない貨物を除去し、かつ、関税の徴収の確保を図るために設けられたのが、貨物の収容(同法七九条以下)、収容貨物の公売又は売却等(同法八四条以下)の制度である。

すなわち、税関長は、保税地域の利用についてその障害を除き、又は関税の徴収を確保するため、関税法七九条一項各号に掲げる蔵置期間を経過した貨物を収容することができ(同法七九条一項)、収容された貨物が最初に収容された日から四月(場合によつて短縮されることがある。)を経過してなお収容されているときは、税関長は、政令で定めるところにより、公告した後当該貨物を公売に付することができる(同法八四条一項、二項)。そして、税関長は、収容された貨物が公売に付することができないものであるとき、又は、公売に付された場合において買受人がないときは、政令で定めるところにより、これを随意契約により売却することができる(同法八四条三項)。

右のようにして公売又は随意契約によつて売却された貨物の代金は、公売又は売却に要した費用、収容に要した費用、収容課金、関税その他の国税に順次充当され、なお残金があるときは、公売又は随意契約による売却の際における当該貨物の所有者に交付される(同法八五条一項)。そして、交付すべき者が不明であるなど政令で定める一定の場合には、その定めるところにより右金員を供託することができる(同法八五条三項、同法施行令八〇条三項)。このようにして公売に付され、若しくは随意契約により売却されて買受人が買い受けたものは、関税法の適用については輸入を許可された貨物とみなされる(同法七四条)。

2 以上の各規定に明らかなように、外国貨物の収容、公売の制度は、保税地域の能率的な運用を図るためその利用上の障害を除き、又は、関税の徴収を確保する必要上から、税関長の強制管理及び換価処分を認めたものであるが、その際の税関長の権限及び義務は、以上の趣旨からみて、収容物の占有者としての保管管理をすること、公売を法に定めた適正な方法により行うこと及び右公売により輸入の許可があつたものとみなされることに伴う審査を行うことにとどまるものであり、税関長は最終的にも公売代金を取得する権能をもたない。結局収容、公売に際して、税関長は収容貨物についての強制換価権を有するのみで貨物の所有権を有するものではないから、所有者ないし売主と同一の地位に立つものではなく、買主ないし利用者に対する安全確認義務を負うものではないことが明らかである。

もとより、公売処分に当たつて、税関長に職務上の注意義務の過怠があつたときは、国家賠償法による賠償責任が生ずることはいうまでもない。しかし、公売処分に際しての税関長の職務義務の範囲は、3において後述するような税法上に定められた税関長の権限、義務により画されているものである。関税法七九条一項は、収容処分についての危険負担について定め、「国は、故意又は過失に因り損害を与えた場合を除く外、その危険を負担しない。」と規定しているが、右除外規定は、収容処分に当たり、収容の方法を誤るなど収容自体によつて、貨物の所有者等権利者に対して損害を与える場合などを予想しているにすぎず、右規定によつては、税関長に原判決の判示するような公売貨物の買受人に対する安全配慮の注意義務のあることを根拠付け得るものではない。

原判決は、税関長と公売貨物の買受人との間の関係は私法上の売買契約にほかならないとして、そのことを前提として、本件バトミントンセットに対する安全配慮義務を肯定している。しかし、公売処分に売買に類似する点があるとしても、税関長は、外国貨物の公売により、換価処分を行つているにすぎないから、売主としての立場に立つものではなく、売買の当事者たる地位は、当該貨物の本来の所有者と公売による買受人について存するのである。例えば、当該公売物件についての担保責任の問題は、貨物の本来の所有者と買受人との間に存するにすぎない。もつとも、税関長のなす公売処分においても、買受人の代金支払方法、公売物件の引渡、危険負担など私法上の売買と同一の性質のものが存する(乙ロ第一号証参照)が、それは、あくまで税関長の関税法上の強制換価権実現の中で存するものであつて、これによつて、税関長が私法上の売買契約の売主と全く同一の地位に立つものではない。すなわち、公売処分を行う税関長の地位は、法律の規定に従い国家の機関によつて強制的に行われる目的物の換価手続の執行者である点において、民事訴訟上の競売手続(民事訴訟法四九七条以下)における執行官、又は、国税徴収法上の公売手続(国税徴収法九四条以下)における税務署長の立場と同一のものである。これらの手続においても、代金の納付方法等において私法上売買に類するものがあるが、それだからといつて執行官や税務署長に最終利用者に対する安全配慮義務が認められないことは明らかである(民法五六八条は強制競売の場合における担保責任を競落人と債務者との間に認めている。)。

3 本件において、収容、公売の手続が法令に従つて適正に行われたものであり、また、収容の方法、公売の方法自体にかしがなかつたことは明らかである。

原判決は、税関長が公売に先立つてした本件バトミントンセットの性状等の検査に注意義務の過怠があつたとしているが、税関長による物件の審査義務の性質、内容は、次のとおりであつて、原判決の判示するような安全性に関するかしの有無は右審査の対象とはなり得ないものである。

公売処分によつて買受人が買い受けた貨物は、関税法七四条の規定により「この法律の適用については、輸入を許可された貨物とみなす。」ものとされるから、公売に当たつては、同法七〇条の規定も適用されることとなり、税関長は、公売処分に際して、同法七〇条の対象となる他の関係法令(例えば、火薬類取締法、高圧ガス取締法、薬事法等)による貨物の輸入許可等の取扱いに準じて、同法七〇条の規定上必要な措置を講ずることとなる。

関税法は、貨物の輸入の許可を与えるについては、輸入貨物が国内に流通されることを前提として、当該貨物が保健衛生、安全確保等の見地から国内の流通に適し得ないような性状等のものでないかどうかということについてのチェックをあらかじめ他の法令の規定による所管行政機関の判断にゆだね、当該行政機関による輸入に関する許可、承認等を受け、あるいは検査の完了又は条件の具備している場合にのみ輸入を許可することとし、これによつて輸入貨物の国内での流通に伴う弊害の除去を図つている。

そして、どのような貨物について、どのような行政機関の許可、認可、検査等を受けなければならないかということは、それぞれの他の関係法令が貨物の類型によつて明らかにしているところである。このような関係法令の規定によつて規制された貨物以外の貨物を輸入する業者は、本来法令の規制を受けることなく、容易に輸入許可を得られるものと予期して貿易取引をするものであるから、取引の安定を図り、輸入業者に不測の損害を与えないようにするためにも、このように輸入に際して規制を受けるべきものをあらかじめ類型化して立法することが必要であり、このような法の規定により類型化して規制される貨物以外の貨物について、税関長においてその物品の性状が国内の流通に適しないものであるという理由で輸入を規制することは、法が与えた税関長の権限、責任の範囲外のことに属する。そのような見地からの輸入の規制は、関係法令が認めている場合に、当該法令によつてそのような規制の権限が与えられている所管行政機関によつてのみなされ得るものであり、他の関係法令がそのような規制をしていない貨物は、すべて輸入業者の責任と危険において国内に引き取られ流通に供されるのである。

したがつて、公売に付された貨物が、関税法七四条により関税法上輸入を許可されたものとみなされるについて、税関長としては、同法七〇条の関係で他の関係法令の規定により所管行政機関による輸入に関する許可、承認、検査等を要する貨物であるか否かを審査し、これに該当する貨物については必要な措置を講ずることが必要であるが、それ以上に何らかの審査、検査をし、何らかの規制をするような権限もなく、責任もないのである。これを本件バトミントンセットについてみれば、同バトミントンセットは国内の流通に伴い何らかの弊害を生じさせるおそれのあるものとして、他の関係法令に規定された対象貨物には該当しないものであつて、神戸税関長は、同バトミントンセットを公売するに当たり、関税法上右のような安全性に関するかしの有無について審査をすべき注意義務を負担しておらず、したがつて、この点についてなんらの措置も講ずる必要がなかつたのであり、国家賠償の関係においても、それ以上の注意義務を負うものではないのである。

4 原判決のいうような安全確保義務が税関長に求められるとすると、原判決も指摘するように、税関長は、本件バトミントンセットの止め金等を補強するか、公売に付することを差し控えるべきであるということになる(原判決二一丁表)。しかし、税関長は、右のような処置をする権限を有しない。

まず、税関長は、公売する収容物件につき、これをそのままの状態において換価し、右換価金を費用、関税等に充当等する権限を有するのみであつて、これを修理したり、補強したり手を加えるような権限を全く有しない。このことは、競売処分についての執行官、公売処分をする税務署長等の権限の場合と同様である。

また、税関長は、前記のとおり、一定の期間を徒過した収容貨物を保税地域に収容したままで置くことは許されないから、原判決のいうように、漫然と「公売を差し控える」というようなことは許されない。本件バドミントンセットは、その収容期間を徒過していたものであり、関税法は、このような貨物について採り得る措置として

(一) 公売(同法八四条一項)

(二) 随意契約により売却(同条三項)

(三) 廃棄(同条五項)

の措置しか規定しておらず、当該貨物の所有権等の権利保護の点からしても、税関長は収容貨物については、右の三種の措置しか採ることが許されないのである。

そして、収容貨物を随意契約により売却できるのは、当該貨物が公売に付することができないものであるとき、又は公売に付された場合において買受人がないときである(同法八四条三項)が、ここにいう「公売に付することができないもの」とは、たばこ専売法、アルコール専売法、食糧管理法、毒物及び劇物取締法、麻薬取締法、大麻取締法、あへん法、覚せい剤取締法、銃砲刀剣類所持等取締法等の規定により、公売に付しても一般人が買い受けることができないものである。すなわちそれは、国内で自由取引が規制されていて自由に販売することができないもの、例えば、専売品たるたばこのように国内で法令上買手売主が特定されていて、それ以外の者についての自由取引が成立する余地のないようなものであり、法の規定によつて規制がなされているものを指すものである。

また、収容貨物を廃棄することができるのは、

(一) 人の生命若しくは、財産を害する急迫した危険を生ずる虞があるもの

(二) 腐敗、変質その他やむを得ない理由により著しく価値が減少したもので買受人がないもの

のいずれかである(同法八四条五項)が、(二)に該当するのは、収容貨物自体に取引価値がなく、しかも何人もそれを買い受ける者がないというものに限られるのであつて、腐敗、変質等によつて著しく価値が減少したものであつても、買受人が存するものはこれに該当せず、廃棄はできないから、公売を行う以外にないのである。このように腐敗、変質等しているものであつても、そのようなものとして買受人が自己の危険において買受けを申し出る限り、収容貨物の廃棄は認められないのである。

また、右(一)に該当するのは、収容貨物の性質上一見して人の生命若しくは財産を害することが明白であつて、かつ、急迫した危険を生ずるおそれがあるものである。

そして、本件バトミントンセットが右の随意契約及び廃棄ができる場合のいずれにも該当しないものであることは、本件バトミントンセットの性状等からして明らかである。

本件バトミントンセットには、第二点において述べるとおり、公売時において原判決認定のような欠陥が存したとはいえないのであるが、仮にそのようなかしが存したとしても、本件バトミトンセットには「買受人」があつたのであつて、右の廃棄の要件(二)にいう腐敗、変質等の欠陥による価値の減少があつて、買受人がなかつたものには該当しないのであるから、廃棄することはできないのである。公売処分においては、買受人は、特定物としての貨物を、現状有姿のまま下見をした上で、そのままの状態において買い受けるものであり、当該貨物に仮にかしが存したとしても、その危険は自らの意思によつて買受けを決定した買受人に負担されるべきものである。換言すれば、右のような廃棄の要件は具備しないが、腐敗、変質等の欠陥によつて危険が発生するような収容貨物の公売にあつては、買受人がその後の国内における流通過程等において発生する危険をも負担すべきものであり、強制換価権の実現を担当した税関長ないし国において責任を負うべきものではないといわなければならない。

なお、公売処分は、前述のように公益目的のため法律の規定に従い国家の機関によつて強制的に行われる競売であり、法令の定めるところに従つて目的物(収容貨物)を換価する公法上の処分であるところからして、売買の担保責任に関する特別規定を設けている民法五六八条、同五七〇条における強制競売であると解される(大審院大正八年五月三日判決・民録二五輯七二九ページ)が、右のような強制競売においては、物の隠れたかしに対する担保責任は存しない(民法五七〇条ただし書)こととされており、国税滞納処分における公売についても同様とされているのである(国税徴収法一二六条)。

三 税関長は、公売処分に当つて、製造者ないしは輸入業者と同一の安全配慮義務を負うものではない。

1 原判決は、日本国内における玩具の製造者につき、玩具の使用者等の生命、身体、財産を侵害することのないように、その安全を配慮すべき義務があるとした上、外国において設計・製造された玩具を輸入し日本国内で販売をする者は、国内の製造者と同様の安全配慮義務を負うとし、更に、公売処分をした税関長は、外国の製品が通常の輸入手続を経て国内で流通する場合の輸入業者に準ずる地位をも併有しているとしている。しかし、右税関長に関する判断は失当である。

2 本件バトミントンセットが、ホンコン製輸入品であつて、輸入業者が不明であつたため、昭和四七年一一月二七日に上告人の機関である神戸税関長により収容貨物として公売処分に付されたところ、津田敏次が買い受けたものであることは、原判決の認定するところである(原判決一〇丁裏一〇行目から一一丁表三行目)。

そして、公売処分の結果、落札者たる買受人は当該貨物の所有権を代金納付の時に取得することとされ(関税法施行令七八条の二第一項)、また買受人が買い受けた外国貨物は輸入を許可された貨物とみなされることとされている(同法七四条)。このような規定からすれば、公売の場合、輸入業者に準ずる地位にある者は買受人であることが明らかであるといわなければならない。

原判決が、税関長について輸入業者に準ずる地位をも併有しているとするのは、税関長が国内での流通を開始せしめたものであることを理由としているように見受けられるが、関税法によれば、輸入とは「外国から本邦に到着した貨物を本邦に(保税地域を経由するものについては、保税地域を経て本邦に)引き取ること」をいう(同法二条一項一号)ものとされ、「本邦に到着した貨物で輸入が許可される前のもの」は外国貨物(同項三号)とされるのであるから、本件バトミントンセットは、公売処分がなされ、買い受けられるまでは外国貨物(外国貨物の所有権者は通常荷受人又は荷送人である。)であつて、これを買受人が買い受けた時に初めて輸入の許可があつたものとして本邦に引き取ることができることになるのである。したがつて、本件バトミントンセットを国内において適法に販売等により流通させ得る者はその買受人にほかならず、買受人こそ、原判決にいう「日本国内での流通を開始せしめたもの」なのである。

原判決が、税関長が輸入業者に準ずる立場をも併有していると解したことは、関税法の輸入許可に関する規定の解釈を誤つたものといわなければならない。

3 更に、原判決は、玩具の輸入業者につき、玩具の設計、製造者と同一の責任があるとした上、税関長について右製造者と同一の責任があるとしている。これは、危険物の製造者が利用者に対して負ういわゆる「製造物責任」を輸入業者及び売却処分を行う場合の税関長にまで及ぼしたものである。

ところで、本件バトミントンセットは、公売処分後、買受人津田敏次、販売業者株式会社サトーブラザース、被上告人の叔母新門絹江を経て被上告人が入手したものであることは、前記のとおり、原判決の認定するところである。このように、流通の過程において転々とした経過を経ている場合、直接の契約関係に立たない第三者に対する製造者の不法行為を認めた先例は少ないが、原判決とほぼ同一の理由を述べるものに、岐阜地裁大垣支部昭和四八年一二月二二日判決・判例時報七二五号一九ページがある。そしてこのような製造物責任が認められるとすれば、少くとも、次のようなところに該当する場合であることが必要であると考えられる。すなわち、

(一) 製造者の製造する物が、消費者の生命、身体等に危険を及ぼすような影響を有するものであること

(二) 右製造物にかしが存すれば、一見して消費者の生命、身体を侵害することが明らかなものであること

(三) 製造者の製造物の安全性等について、消費者等は確める手段を持つておらず、製造者が一方的に決定した品質、構造、性能等を信頼する外ないものであること

(四) 製造者は、業として製造物を製造し、消費者に販売することによつて大きな利益を得ているものであること

(五) 製造者は、賠償をコストとして代金に組み入れたり、責任保険を付したりすることによつて、自己の意思によつて損害を社会的に分散できる力を持つていること

等である。

しかし、本件バトミントンセットは幼児用の玩具であるから、その性質上生命、身体に直接危険を及ぼすものではなく、これに存したとされるかしは社会通念上一見して消費者の生命、身体等に侵害を及ぼすであろうことが予見されるようなものではない。

また、原判決が認めるような不法行為の責任主体は、原則として当該商品の生産に関する重要事項について事実上の決定権を持つ者及び当該商品の流通過程に関して事実上の支配力を持つ者でなければならず、また、その対象となる商品は、物品の種類、規格、構造、使用原材料、副資材、性能等及び流通過程の重要部分に関し、契約によつて消費者又は利用者の意思を介入させる余地がなく、製造業者の一方的意思で右のようなことが決定されるような商品であることを要するといわなければならない。ところが税関長は、本件バトミントンセットの製造について、その生産に関する決定権や流通過程に関する支配力を持つ者ではなく、また、その立場上、製造者でなければ知り得ないような本件バトミントンセットの設計上のかしに基づく構造上の欠陥を知り、本件のような事故の発生を予見することは不可能であり、収容貨物をただそのままの状態で換価すべき権限を有するにすぎないものである。

一方、本件において、被上告人の親権者は、問題とされているかしの性質、内容からして、そのようなかしが存したなら本件バトミントンセットの使用に際しての使用方法上の注意とか、ラケットの状態等の点検とかにより、その使用により発生する危険等を十分に回避する余地が存したといつてよい。特に、本件は第一審判決も認定するように、被上告人の叔母が購入して被上告人に贈与した後、本件事故発生時までの間に、すでにラケットの握り手にひびが生じていた(第一審判決理由五、(二)・一三丁裏一三行目から一四丁表一行目)のであつて、この点被上告人の親権者が注意点検しておれば、当然に本件バトミントンセットの使用は回避されているべきものである。

更にまた、公売処分は、保税地域の利用についてその障害を除くとともに、関税の徴収確保等の行政目的を達成するためになされ、その結果、売却処分の対象たる貨物に存する質権者、留置権者及び所有権者の権利保護をも図るものであつて、公売によつて上告人が経済的利益を図ることを目的としてはいないのである。

したがつて、公売処分における税関長の立場は、右(一)ないし(五)のいずれにも該当しないものであり、原判決のように、これを製造物責任を問われるべき製造者の立場と同視することは全く不当といわなければならない。

四 以上述べたところから明らかなように、税関長には、本件公売処分をなすについて、原判決判示のような注意義務は存しないのである。しかるに、原判決は、前記の関税法の諸規定の解釈適用を誤つたため上告人に国家賠償法一条の責任を肯定した誤りがあり、右誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである。

第二点 原判決が神戸税関長において行つた本件バトミントンセットの性状等の検査の際に本件ラケットの使用による事故の発生を予見し得たものと判断したのは、経験則違背ないし理由不備の違法があり、右違法は、判決に影響を及ぼすことが明らかである。

一 原判決は、本件バトミントンセットには、グリップとシャフトの接合部に止め金等の補強もなく、四、五才の幼児が使用した場合においても、グリップからシャフトが抜け飛ぶ可能性が相当大きいという欠陥があり、神戸税関長は、昭和四七年一一月ごろに行つた本件バトミントンの性状等の検査によつて本件ラケットの構造等を知り、その後における本件ラケットの使用による本件の如き事故の発生を予想し得たものと認定し(原判決一五丁裏一〇行目から一六丁表七行目)、税関長は自らグリップとシャフトの接合部に止め金で補強した上で公売に付すか、又は公売に付すことを差し控えるべき注意義務があつたとしている。

そして、原判決が右のような本件ラケットの欠陥の状況を認定する根拠となる事実は、「本件事故直後において、シャフトが抜け飛んだ本件ラケットはグリップの付け根にひび割れが生じていて、これが縁まで達しており、また被控訴人が事故当時使用していたもう一方のラケットのグリップにも約1.3センチメートルの長さのひび割れが入つていて、グリップのシャフト保持(固定)力は、引張り試験(片方を固定し、他方をいくらの力で引つ張れば抜けるかという試験)では、本件ラケットが約二キログラム、もう一方のラケットが約五ないし六キログラムであつて(後者でも大人がグリップとシャフトを手に持つて引つ張れば簡単に抜けるものであつた)、四、五才の幼児が本件ラケットを上から下へ力一杯振り下すと、その時に生ずる遠心力は四、五キログラムであつて、シャフトが抜け飛ぶ可能性が相当大きく、振るという状態を引張り試験に置き換えるための安全率(三倍)をとると、本件ラケットのグリップの安全固定強度(保持力)は一二キログラム以上を必要とするものであつた。」こと(原判決一四丁表九行目から裏末行)と、「ポリエチレンは、エチレンからつくられるポリマー(重合体)で、重合法(高圧法、中圧法、低圧法)により三種に大別され、分子構造の違いによつて結晶化度、硬さ、軟化点、引張り強さ、伸び、耐衝撃性等の物性を異にするが、一般に熱、紫外線によつて酸化し易く、また応力(当該固体のひずみ)によつても酸化が促進され、その結果不可逆的に劣化する性質を有するものであるが、本件ラケットは、ポリエチレン樹脂のグリップにクロム鍍金の鉄パイプのシャフトを強く差し込んだものであるから、右鍍金のためシャフトが抜け易いだけでなく、その構造自体によつて劣化が促進され、劣化の進行に比例してグリップのシャフト保持(固定)力が低下していくことが客観的に予想されるものであつた。」こと(同一五丁表一行目から裏一行目)にある。右事実認定は、甲第一号証の二、第九号証、第一四号証によるものであることが明らかである。

二 他方、原判決は、神戸税関において、本件バトミントンセットの性状等の検査がなされたのは、前記甲第一号証の二の工業品検査所大阪支所による検査より約一年四か月以前である昭和四七年一一月ごろであつたこと、本件バドミントンセットは、競落人である津田敏次から同年一二月二日貿易雑貨業を営む株式会社サトーブラザースに売却され、右サトーブラザースが昭和四八年一〇月二八日神戸第一六団ボーイスカウト主催のチャリティ、バザーに出品し、新門絹江がこれを買い受けたこと、被上告人が同日本件バトミントンセットを右新門から贈与を受けたことをそれぞれ認定しているのである。

また、甲第一号証の二においても、にぎり手のひびは、使用によつて生ずるネット部やパイプ部の反動によりパイプ部が埋込み部分でこじれたために生じたこと、本件事故の原因となつたラケットとセットとして同時に公売された他のラケットにも使用によるひびが生じていたが、それでも、そのラケットは約五ないし六キログラムの保持力があり、国産品(未使用のもの)の保持力より高い保持力を有していたとされている。これらの事実によれば、本件バトミントンラケットを含む公売時のバトミントンセットには、昭和四七年一一月ごろの神戸税関における前記性状検査の時点においては、事故時に存したような握り手のひびが生じていなかつたこと及び握り手とパイプとの間に十分な保持力があつたことが明らかに推認できるのである。そうでなければ、ポリエチレン袋に入つており、その形状が透視できる状態にあつた本件バトミントンセットが、性状検査後順次売買の対象となり、前記新門から姪である被上告人に対する贈与の対象となるということはあり得なかつたはずであるからである。

しかも、本件バトミントンセットは、四、五才の幼児が使用して遊ぶ玩具であることは原判決も認めるところ(原判決一五丁裏六、七行目)であり、バトミントンの練習用としての用途のものでなく、単にもてあそぶだけの玩具であること(甲第一号証の二)、本件バトミントンセットは全て密封されたポリエチレン袋に入つており、被上告人らが受取つた際にも袋に入つたままの状態であつた(原判決一三丁裏七、八行目、一四丁表七行目)が、特に、神戸港に陸揚げされ、公売されるまでは、カートンボックスに入つた状態(原判決一三丁表一、二行目)であつたのであり、紫外線や熱の影響を受けることの少ない状況で蔵置されていたものである。したがつて、この点からも神戸税関が本件バトミントンセットの性状検査をした際には、外見上、何ら欠陥をうかがわせる状態になかつたことが推認できるのである。特に、本件バトミントンセットの通常の使用方法が強度の外力を加えることの予想されない玩具であり、また、ポリエチレン袋に納められ、事実上、外見上からのみ検査せざるを得なかつたことも看過されてはならないところである。

しかるに、原判決は、右公売時から相当日時を経過した後の本件バトミントンセットの状態をもつて判断の基礎とし、ただ前記のようにポリエチレンの一般的性質のみを強調することによつて、神戸税関長のした性状検査の時点で、本件バトミントンセットには欠陥があり、同税関長においてこれを発見し得たと判示するのは、経験則に反するか理由不備の違法がある。右違法は、判決に影響を及ぼすことが明らかである。

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